①営業プロセス革新とは
「お客様第一」という表現は今や当たり前のように口にされる。だが、「お客様第一」とは、現実にどのような行動をすることなのだろうか。例えば営業担当者の主な仕事は、「お客様のご要望を聞いてそれに応える」ことだと考えている人は多い。そこで、実際の営業担当者がどのくらいお客様と時間を過ごしているのか、データをとってみる。そうすると、その接触時間のあまりの少なさに、驚かされることになるだろう。
殆どの会社では、こうした単純なデータも取っていない。しかし、こうしたデータを取り始めると、様々なことがわかってくる。営業成績が高い人が、低い人よりもお客様と長い時間接触しているわけでもない。しかも、取引の多い重要顧客ほど、商談時間が短い。反対に、それほど大きな取引でないところほど手間がかかっている傾向にある。つまり、良いお客様ほど放置されていることが多いのだ。
「営業プロセス革新」とは、一般論や精神論から離れ、組織化とデータ化によって企業と企業の関係を構築するための考え方である。それは「売ること」ではなく、顧客の「問題解決」を一緒に行うプロセスを構築することでもある。
この営業プロセス革新には、二つの前提がある。一つは、営業担当者一人ひとりが、営業の基本をマスターしているということである。お客様に嫌われたり、怒られてばかりいては、プロセス革新どころではない。革新以前に、そもそもお客様から好かれる、信頼されているということが大前提である。
二つ目は、上司が部下よりも優秀だということである。単なる「売り込み」であれば、与えられた枠組みの中で部下ががんばればよい。しかし、プロセス革新は営業活動の枠組みそのものを変えていくことである。従って、上司は営業の仕事を良く知っているだけでなく、より広い知見を持っていることが求められる。
このシリーズでは、まず営業(セールス)という考え方がどのように発展してきたのか、そして営業教育の中心であった、礼儀やセールス・テクニックを振り返る。その後、提案営業や組織営業といった、新しい営業プロセスの考え方と革新の進め方について紹介する。
②営業(セールス)という概念
1929年、米国ウォール街から大恐慌が始まった。それまでは、とにもかくにも作れば売れるという時代だった。しかし、不景気になるととたんにモノが売れなくなる。そこで、1930年代、不景気でも何とか売っていこうと、ビジネス界の関心は一斉に営業(セールス)に向かうようになる。著名な識者の見解を見てみよう。
■アレクサンダー・ヘロン "No sale, no job.(販売なくして事業なし)"
ヘロンが率いたクラウンゼラバッハ(製紙会社)は、50年周期で事業を考える。紙を作るには、まず植林からということだ。こういう優れた考え方をする会社のトップが、売れないことには企業そのものが成り立たない、と言っている。
■エルマー・レターマン 「販売は断られたときから始まる」
保険のトップ・セールスの経験から導き出された考えである。営業は断られるのが当たり前なのだから、断られてから始まるものであって、お客様が営業を待ち構えているなんて殆どありえない、ということを説いている。また、「断られる」ことを所与として、それを言い訳にすることを戒めてもいる。
■エルマー・ホイラー 「ステーキを売るな。シズルを売れ」
米経営アドバイザーが1937年に著した「ホイラーの公式」の第一条。シズルとは、ステーキがジュージューと焼ける音で、うまそうな感じ、ついそそられる感じのこと。テレビCMで「ビールがグラスに注がれる時の音」や「ごくごくと飲んでいるシーン」などは シズル効果などと呼ばれる。お客様が「欲しい」と思う"気分"を売れといっているのである。
当時の営業とは、アーサー・ミラーの戯曲『セールスマンの死』に象徴されるように、「うまく騙す」ことのように思われていた。今でも、営業というのは騙しのテクニックのように思い込んでいる人もいる。
その一方で、セールスマンシップという概念を発展させた人たちもいる。
■フランク・ベドガー 「商品を売る前に、まずあなた自身を売れ」
説明するまでもなく、セールスマン自身が好かれなければいけないということである。これなどは最近の交渉管理で強調する「友好的な関係形成」にも通じるものである。
■デール・カーネギー 「(失敗したセールスマンは)自分の欲するものしか考えない」
カーネギーの超ロング・セラーの『人を動かす』は、あまりにも有名である。売りたいものを売ろうとしていて、お客様の気持ちを汲み取っていないことを鋭く指摘する。
しかし、こうした教訓や警句は個人営業を前提としている。今でも、特に不況期になると、驚異的な成績をあげている「スーパー営業」が、ビジネス雑誌などで取り上げられる。だが、こうしたスーパー営業のやり方は、真似しようとしてもできるものではない。
それほどでなくても、営業の現場は相変わらず「できる担当者」頼みの個人戦になっている。営業をこうした個人技に頼っている限り、いつまでたっても営業力は強化できない。
③営業教育の基本1 マナーと礼儀
■マナーと礼儀の違い
欧米でいうマナーやエチケットは、ルールでありコードである。相手が不快に感じることはしないのが原則である。不潔な外見は相手を不快にするから美しく装う。社会的で社交的な動作や振る舞いを指している。
それに対して、日本の礼儀作法は様式を重視する。文化人類学者のクリフォード・ギアツが「シアター・ステート(劇場国家)」と言っているが、日本(人)は儀礼を尊び、礼儀を重んじる。
つまり日本文化の根底にあるものが、欧米のマナー、エチケットとは、根本的に違うということを知っておく必要がある。マナー、エチケットは対等の人間関係が前提となっている。しかし日本の人間関係の基本は、まず長幼の序であり、生まれた日が早いか遅いか、立場が上か下かで礼儀作法が決まる。つまり、「相手を不快にさせない」ではなく、「相手を上にした様子、行動、行儀、態度、作法」ということになる。
営業では、売り手側が下で、買い手側が上であるから、売り手は買い手を敬う態度を取るのが基本となる。こうした考え方を元に、お辞儀の仕方も区別されている。
一番軽いお辞儀は会釈であり、傾斜角度15度。相手の目を見て「少々お待ちください」など。普通礼は傾斜角度30度で、相手の靴からゆっくりと顔を上げて、「いらっしゃいませ」、「失礼いたします」など。敬礼の傾斜角度は45度で、自分の足元を見る。「ありがとうございました」、「大変申し訳ございませんでした」など。
■態度、言葉遣い
お見送りもこの敬礼を行う。こうした基本的な教育をしっかりと行っているところでは、お客様のお見送りに際して、部長、課長、平社員の全員が、お客様が見えなくなるまで敬礼を続ける。しかし、最近こうした教育がおろそかになっており、部長は敬礼、課長は普通礼、平社員は会釈程度となったりしている。これでは、みっともない。お辞儀ひとつとっても、きちんと出来るようにトレーニングしなければならない。
言葉遣いも様式の一つである。敬語(丁寧語、尊敬語、謙譲語)の使い方はどうだろうか。最近はタメ語というのか、「そうなんだよ」とか「ウソでしょ」などと言い、アッケラカンとしている若手社員がいる。こういう人には「承っております」や「ご足労いただけますか」などの意味は通じないだろう。
商談に直接関係のない方にも礼儀正しくする気配りも必要である。気になるのが職位の低い人に対して尊大ぶって接する態度である。受付や案内をしてくれた社員に横柄な態度を取っていると、後で担当者の方に「あの人、感じが悪いですね」などといわれてしまう。こういう些細なことが、商談の成否に影響してくるのである。
必要以上にへりくだる必要はないが、きちんとした礼儀作法を身につけ、相手に好感を持っていただくことは、営業担当者としての基本である。こうしたことは時代を超えて変わらないものである。
④営業教育の基本2 顧客心理に働きかける
営業の世界には「議論に勝って、セールスに負ける」という警句がある。実際に「絶対に大丈夫ですか」とダメ押しされてつい、「物事に絶対はありません」と突き放した物言いをして商談を壊してしまったセールス・エンジニアの話を聞いたことがある。意見が対立しやすい政治や宗教の話題を避けよという教えも、これに通じる。顧客も人間であるのだから、「理性3:感情7」を念頭に置くことが大切である。
感情に訴える方法の筆頭にくるのがほめ方である。ほめられて嫌な気持ちのする人はいない。営業の教育研修では、盛んにほめ方の練習を行う。例えば、人柄や能力をストレートにほめると、却ってこちらが偉そうにみえるので、「拡張自我をみつけてほめる」とよいといわれる。拡張自我とは、その人の自我の延長上にあるもので、例えば着ている服やネクタイ、時計やペンなどの持ち物、出身地や出身校、趣味や家族のことなど、数え上げればきりがない。
対話の仕方についても、ポイントがいくつかある。まず、こちらが話すよりも、相手の話を聞くこと。その際、笑顔、アイコンタクト、相槌、うなづきは対話の基本である。「おっしゃるとおり」や「ですよねえ」などワンパターンのマンネリ相槌にならないよう工夫する。そして、顧客の関心を引くために、ストーリ・テラー(語り部)になることを勧める。だからといって得々とした自慢話や成功談は鼻持ちならない。思わず相手が引き込まれるように、話材(ネタ)を準備しておくと良いだろう。
いきなり商談に入るのではなく、まずは当たり障りのない話から入るように「切り出し話法(序論話法)」なども、営業研修では必ず覚えさせられる。「キリニマヨイシホタルカナ」とは、「季節」「利益」「ニュース」「漫談」「喜びそうな話し」「衣食住」「仕事」「ほめ言葉」「旅」「類のない話」「家族」「泣かせる話」の頭文字をとったものである。
また応酬話法には、次のようなタイプがある。
①オーム返し型、イエス・アンド法。「はい、おっしゃるとおりです。ですから…」
②肩透かし型、逆転法、イエス・バット法。「なるほど、そうですか。しかし…」
③正面反論型、否定法。「いいえ、そのようなことはございません。」
④聞き流し型、黙殺法、おとぼけ法。「はぁ、左様でございますか。ところで…」
⑤資料転換型、資料活用法。「それでしたら、ここにちょうどよい資料を持ってきております。…これです。ここをご覧ください。」
⑥例話型、実例法。「ええと、1ヵ月ほど前に○○商事様で…」
⑦質問型、疑問法。「…とおっしゃいますと、原因は○○だとお考えで?」
営業プロセスを改革するからといって、こうした基本的な姿勢、態度、行動が不要になるわけではない。こうした事柄は営業の基本中の基本であるから、これらがきちんと実践されている上での営業改革である。これらを十分に身につけた上でなければ、どのようなプロセス改革も効果を発揮することはできないのである。
⑤基本をセルフ・アセスメントする
教育心理学者のブルームは、「タキソノミー(教育目標の分類学)」において、人間の学習成長過程を、知識→理解→応用という3つのステップに分類した。このステップで、営業の現場で起こっていることをセルフ・アセスメントしてみよう。
まず、私たちは対象や課題についての知識がないと考えることができない。だから、集合研修や読書によって知識を習得する。これで「知っている」レベルになる。次の理解のレベルは、人にわかるように説明できるかどうかということだ。単に本に書いてあることを繰り返すだけでなく、例示したり具体的に説明することができるレベルである。応用は、実際にやってみせられるかどうかである。礼儀作法やセールス・テクニックについて、これらができているかどうかを、チェックする。それが、営業プロセス革新の第一歩となる。
セールス・テクニックだけではない。組織行動の基本といわれるものを、同じようにセルフ・アセスメントする。例えば時間の正確さについてはどうだろうか。出社時間や待ち合わせに遅刻するのは論外だが、会議開始時間ちょうどに席に着くなどということはないだろうか。上司は5分遅れで現れる、などという組織もあるようだが、上司が率先して時間を守らねば、部下も時間にルーズになるのは当たり前である。言葉の正確さにも気づきにくい。「うちの部下は指示待ちだ」とこぼす管理者がいるが、その人に「指示とは何か?」と聞いても具体的な回答が得られないことが多い。そういう上司に限って「これいつでも良いからやっておいて」などと言っている。「指示とは、目的、内容、方法を明確に伝えること」と定義しておけば、このようなことは起こらない。部下のほうからも「その目的は○○、内容は××、方法は△△ということですよね」と確認することもできるようになる。
企画書の書き方、報告書の書き方、会議の仕方、プレゼンテーションの仕方など、日常的な活動が、きちんと決められていない職場が多い。「5S」と壁に大書してあっても、「整理」とは何か、人によって受け止め方がまちまちなことがある。ある人は「整理」したと思っていても、もっときちんとした人から見れば「雑然とした状態」に見える。「整理とは、要らないものを捨てること」と定義し、それぞれ週に一度、月に一度、年に一度検討するといった基準を設けなければ、徹底はできない。つまり、組織というのは観念的な言葉では動かないのである。
こうしたレベルのことができていないようであれば、先に進む前に基本をしっかりと身につけることをお勧めする。こうした基本は本来、新入社員教育で行うものである。基本は若いうちに身につけるに限る。基本を若いうちに学んでおけば、経験を重ねることにより複雑なものへと対応できるようにできるからだ。基本がなければ、応用もできない。
⑥御用聞きから提案・問題解決へ
特に準備も計画もせずに、注文をとりに行く、要望を聞きに行く営業のことを「御用聞き営業」と言う。従来のセールスマンシップ論やセールス・テクニック教育の問題の一つは、こうした売り込みモデルが前提にあるということだ。こうした営業は個人的な活動になり、個人裁量の幅が広い反面、何をどうすればよいかという法則性はあまりない。自身の目標を達成するために孤独に耐えながら、自ら何かを見つけていかなければならない。お客様との人間関係が中心で、情報は自分ひとりの頭の中だけに入っている。上からの指導は「足で稼げ」などと、コスト無視の精神論になるきらいがある。売り上げ、利益、シェアが目標の中心となり、データ共有がないために、「お客様は色々で、それぞれ違うから」という話がもっともらしく語られる。
一方、「提案営業」と言われている新しいモデルは、自社製品を売り込むのではなく、何がしかの問題を解決するために提案を行い、関係を構築していくことを中心と考える。したがって、従来のセールス・テクニックや業務遂行能力だけでなく、提案内容を文章化し、ビジュアル化する能力や、プレゼンテーション能力、さらに課題解決能力が必要になる。課題解決能力には、例えば問題を発生型、探索型、設定方などに分類し、単純な問題から複雑で高度な課題へと徐々に難易度を上げて対処していく能力まで含まれる。つまり、同じことの繰り返しではなく、試したり、工夫しながら進んでいく、コンピテンシーと呼ばれる能力が必要となる。このコンピテンシーは試行錯誤で習得するものだから、やってみなければ身につかない。若いときに身に着けて、磨き上げていくしかない能力だ。
提案活動は、問題解決のために行う。したがって、一回の取引では終わらなくなる。問題解決のたびに別の案件が発生してくるようになる。その案件を解決できると、では次の案件も相談して行こう、というようになる。営業担当者と相手側担当者の個人的関係ではなく、企業と企業の関係になる。これは営業担当者個人では大変だから、チームで営業を行おうということになる。そうすると、情報は個人の頭の中ではなく、チームや部門に蓄積される。案件がさらに複雑化すると、部門横断型になっていく。物流の問題がでてくれば、自社内の物流部門にアドバイスをもらうことになるかもしれない。研究開発部門の知恵を借りることになるかもしれない。
こうした提案営業をすべての顧客に広げるのは大変だから、ターゲットとする重要顧客を明確にして集中していかざるを得ない。そして営業活動が、チームあるいは組織営業へ、プロセス管理へ、さらにはデータベース営業へと変革されていくことになる。
⑦チーム・組織営業のメリット
組織営業は、営業担当者と購買担当者の個人的な関係ではなく、企業と企業の関係を構築するものである。営業部門内の複数人で行う場合チーム営業といい、部門を横断して関係する場合は組織営業という。案件の進捗情報や、そのお客様の中で起こっていることなどが、営業担当者個人で完結するのではなく、チームや組織のメンバーに「見える化」されるのが、第一のメリットである。
第二のメリットは、営業プロセスを客観的に分析し、検討できるようになるということである。段階的な計画を立てたり、調整を行うことが可能になる。例えば、どこにボトルネックがあるのか検討できるようになる。デモ機が1台しかないので、1日に5組のお客様しか入れられないとする。これでは、いくらお客様を呼んでも待たせすることになるから、それをなくすためには招待を計画的にする、デモ前後の説明を柔軟にして、顧客がコンスタントに参加できるようにする、など検討すべきポイントが見えてくる。さらに、こうしてプロセスが分解されると、営業担当者のどのような能力を向上させればよいのかも、検討しやすくなる。ただ「がんばってデモにお客様を呼んで来い」というのではなく、「お客様の期待内容を把握しなさい」などと具体的に指導できるようになる。
第三に、どのお客様に対しても、一定レベルの専門的な問題解決サービスの提供ができるようになる。個人営業では、経過プロセスが見えないために、上司は結果しか見えず、途中のフィードバックを行えない。しかし、チームや組織で営業を行えば、プロセスを明らかにしなければならないので、上司が適切なフィードバックやアドバイスを行えるようになる。
最後に、組織営業にはチームや部門外のメンバーからの協力が得られるというメリットがある。例えば、生産部門が案件の進捗状況や、顧客の些細な反応を知ることができるので、「今のうちに着手しておこうか」と早めに相談してくる。こうした先手を打てていれば、次の商談の際に「すぐに生産に入ることができます」と応えることができる。そうすると顧客は「この会社は対応が早い」と評価してくれるようになる。生産は、元来計画的なものであるから、営業から間際の話を持ってこられると計画変更を余儀なくされ、これを生産部門は嫌う。多くの組織で、「営業が計画通りにやってくれない」と生産部門がぼやき、「生産が柔軟に対応してくれない」と営業が文句を言っている。組織営業を目指すと、こうした部門対立が減り、顧客の問題解決に焦点を当てた部門協力ができるようになるのである。
最後に、一連の商談プロセスを振り返り、それをナレッジとして蓄積することができるようになる。成功事例だけではなく敗戦商談分析を行い、チームや組織で共有しておくことは、企業の組織能力の中でも決定的なもののひとつである。
⑧データベースによるプロセス管理
昔から営業はアウトプット管理であった。アウトプット管理とは、受注や売り上げなどの業績結果だけで営業を管理するものである。それをプロセス管理へと変えていくということは、結果にいたるプロセスの途中に、いくつか中間的な指標を設けてそれを注意深く見ていこう、というものである。そのためにはある程度プロセスがデータベースになっていないと難しい。だが以前には、これは簡単ではなかった。それが最近になってITが発達してきたおかげで、こうしたプロセスのデータベース化が可能になってきたのである。
その昔、小さな会社では「火鉢営業」と呼ばれるものがあった。営業担当者が会社に帰ってくると社長と一緒に火鉢の周りに集まって、「今日A社さんのところでこういう話が出た」「B社ではこうだった」などと情報を共有したのである。これはまさにプロセス営業である。ところが、だんだん組織が大きくなると、情報の共有がしにくくなる。社長のところに来るのは、売上データなどの結果数字だけになる。だから社長もどう判断したり、どんなアドバイスをすればよいのかわからなくなる。こうなったら、プロセス管理をデータベースで行うことが必要になる。つまりデータベース管理は小企業ではいらない。ある程度の組織規模になったときに必要となるものなのである。
データベースで管理するためには、顧客や営業プロセスをできるだけ、共通の指標や表現でデータ化する必要がある。従って、言葉をきちんと定義すること、そして適切な指標を作ることが求められる。営業プロセスはそれぞれの企業で固有のものである。優良企業のプロセスが並レベルの会社に当てはまるわけではない。データベース化するためには、そもそも自社の営業プロセスを明らかにしなければならない。そういうわけだから、営業の基本や、プロセス化がまだできていないような組織には、データベースを導入する意味がない。
データベース化したのだが、失敗してしまっている例は多い。失敗の原因を調べると、それらは営業担当者にとって役立つものになっていないものが多い。営業担当者のためのものではなく、上層部が営業担当者を管理するためのデータベースになってしまっているのである。データベースは営業担当者のためのものでなければならない。そうでなければ、営業担当者は面倒な入力をしてくれない。自分たちのためになるもので、なおかつ入力の手間がかからないものであるほど、データベースは活用される。
データを蓄積し分析することで、顧客内部や自社と顧客の関係などにおける問題を発見し、解決策を考え、その解決策が適切であるかどうかを確かめる。さらに進めば、そのデータを営業部門だけでなく、他部門や他事業部といった普段顔をあわせない人たちとも共有し、検討しあうことができるようになる。
⑨プロセス管理の適性と阻害要因
営業のプロセス管理は、どの組織にも効果的であるとは限らない。むしろ個人の裁量ややり方を重視した営業、アウトプット管理の方が良い場合も多い。
組織論で2:6:2の原則などと言われるように、個人に営業を任せている場合、トップ営業とボトム営業の差がかなり開いた状態になる。サービス担当者でも同じように優劣の差が相当にできてしまう。これを、バラつきと言う。営業改革は、このバラつきをデータ化、つまり可視化して検討する。そして、バラつきをより少なくする。つまり、ボトムを上げていくことになるが、その結果として反対にトップは下がることになってしまう。トップには、持っているその知識や情報を、ボトムが伸びるために提供してもらうことになる。そのために営業のための時間が減って、トップの実績は下がってしまう。営業全体の生産性は上がるのだが、トップの個人的生産性が下がってしまうのである。トップ営業の個人生産性にこだわっていれば、全体生産性は低いままにしておくしかない。ここに営業改革のジレンマがある。こうしたジレンマを、営業改革を行う前に十分に検討しておく必要がある。
また優秀な営業担当者ほどプロセス管理に反対する傾向にある。まずプロセス化してしまうと、個人の力でできていた関係が侵されてしまう。次に、組織営業のためのデータベース化を行うと、他の人のために、商談後に入力する手間が増える。また、営業を「道」とか「技」あるいは芸術のように考えられているような場合には、画一化、標準化に対する心理的な抵抗が起こってしまう。
売上高主義、できるだけ主義が蔓延している場合もプロセス管理には向かない。こうした組織では、「がんばる」ことが尊いのであって、結果よりも一生懸命に努力したことが評価される。努力するのは個人としての営業担当者だから、客観化されたプロセスよりも、忙しく動き回る、汗を流す、残業をする、何度も訪ねる、などといった個人的動きのほうが重視され、評価される。こういう組織では、プロセス会議などは無駄なこととされてしまうから、うまくいかない。
事業の性格によっても、プロセス管理の適不適がある。営業プロセスが比較的はっきりしていて、成果のほうは、だんだん変わってくるようなものの場合にプロセス管理が適している。建機メーカーで、大型顧客相手だとプロセスがはっきりするが、地場の中・小企業相手ではプロセスが「接待」などと多様化する。成果が変わると言うのは、単なる部品納入から組み合わせて、新しい生産システムに変えて行きたい、など案件の要求が流動的であったり、ステップごとに複雑化していく場合で、ビジネス・トゥ・ビジネスに多い。つまり医療器、事務機、情報システムなどには比較的向いている。しかし、原材料だけを納入する場合には、必要ないかもしれない。また、顧客がIT、生産管理、マーケティング、販売管理、研究開発系などの場合に適している。一方消費財でも、大型流通業を顧客にしている場合には、効果が発揮される。
⑩営業プロセス革新のダイナミズム
個人の技量に頼っていた営業から組織で行う営業にプロセス化するためには、まず個々人が営業や仕事の基本を身に着けることから始まる。次に、個人の営業プロセスを明確にする。何にどれだけ時間を使っているのか、どこにボトルネックがあるのか、時間を計測したり、作成書類を分類して、整理していく。こうして明らかになった個々のプロセスを持ち寄って、標準化できるものとそうでないものに整理し、検討する。能力に合わせて、担当プロセスを分担しなおしたり、キャリア・プランに併せて段階的に能力が取得できるような計画を立てる。こうして、営業部門でプロセスの整理をまず行う。これが、営業の業務改善となる。
そのうちに、個人でお客様を担当するのでなく、営業部門内でチームが組まれるようになる。こうしてチーム営業が始まる。情報を共有化するための仕組みやツールの必要性が出てくる。また担当に応じた専門性の高さが、それぞれに必要になっていく。こうした段階では、個人プロセスからチームプロセスへと革新するために、個人営業を行っていたときとは違う能力が必要となる。新しい教育体系へと移行していく。プロセス革新の第一段階といえる。
さらに、営業チームによる問題を洞察する能力が高まるにしたがって、新しい、より複雑な問題を認識できるようになる。そうすると部門を越えた協力が必要となり、組織営業へと移行していく。顧客の個別の悩みの解消ではなく、顧客自身も気づいていなかった課題の発見などといった、より広範な部門へ影響を与える解決策の提案が行われるようになる。ダイナミックな提案営業が行われるようになったのだ。もはや、個人対個人、部門対部門のやり取りではない。複数の部門をまたぐ、企業と企業との関係が構築される。営業プロセスは、もはや営業ではなく、ソリューションを中心とした顧客関係プロセスへと革新される。
しだいに顧客の問題解決というよりも、顧客のプロセス自体に入って、一緒に考えていくような関係になっていく。企業間連携である。顧客への提案ではなく、問題解決プロセスを共有している状態である。もはや、営業と言う枠組みよりも、創発パートナーと呼んだ方が相応しいかもしれない。営業と言う概念の中では、担当者同士の人間関係がクローズ・アップされる。しかし、チーム営業、組織営業、企業間連携と発展するに従って、専門性の関係へと変化していく。「これについては、あの人に相談してみよう」と頼られるような専門性の高さが、決定的となる。つまり、顧客管理という概念ではなく、顧客との関係をどのような状態にしていくのか、ということに焦点が当たるようになっていくのである。


